公立図書館の窓口業務の民間委託に関する意見書
2003年2月3日
東京自治体労働組合総連合弁護団
最終版


 東京自治労連弁護団は、東京の自治体労働運動と協力して権利問題に取り組む弁護団である。今般、公立図書館において窓口業務を民間業者に委託する動きがありその実態をふまえた法的問題を明らかにするよう要請を受けた。当弁護団として一定の調査を行った上で検討した意見は下記の通りである。




第1 急速に進められる公立図書館の窓口業務の民間委託

 2002年度、東京の公立図書館の窓口業務の民間委託が実施された。墨田区立図書館、江東区立図書館(11館中8館、2003年度に残り3館を予定)、台東区立図書館(中央館を除く)、千代田区立図書館(夜間)である。2003年度からは千代田区(昼間)、文京区、大田区、豊島区、板橋区、足立区で計画されている。さらに中野区、杉並区、練馬区でも構想されている。
 しかし公立図書館の窓口業務の民間委託には、法的に看過できない問題点がある。そこで本意見書では、図書館本来の役割を確認した上で、現在進められている公立図書館の窓口業務の委託の実態を明らかにし、法的問題点を明らかにするものである。


第2 図書館は教育文化の発展のための施設

1 図書館法の定め
 「図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め」「国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」図書館法は、「図書館」とは「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」であるとし、「土地の事情及び一般公衆の希望にそい」「図書館の職員が図書館資料について十分な知識を持ち、その利用のための相談に応ずるようにすること」(第3条3号)「時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること」(4号)を義務づけている。

2 「公立図書館の設置及び運営上望ましい基準」
 文部科学大臣は図書館の健全な発達を図るために「公立図書館の設置及び運営上望ましい基準」を定めることとされており(図書館法第18条)、平成13年7月18日付の文部科学省告示第132号「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」(以下、「運営規準」)は次のように定める。
総則(4) 資料及び情報の収集、提供等
 資料及び情報の収集に当たっては、住民の学習活動等を適切に援助するため、住民の高度化・多様化する要求に十分配慮するものとする。資料及び情報の整理、保存及び提供に当たっては、広く住民の利用に供するため、情報処理機能の向上を図り、有効かつ迅速なサービスを行うことができる体制を整えるよう努めるものとする。地方公共団体の政策決定や行政事務に必要な資料及び情報を積極的に収集し、的確に提供するよう努めるものとする。(後略)
総則(6) 職員の資質・能力の向上等
 教育委員会及び公立図書館は、館長、専門的職員、事務職員及び技術職員の資質・能力の向上を図るため、情報化・国際化の進展等に配慮しつつ、継続的・計画的な研修事業の実施、内容の充実など職員の各種研修機会の拡充に努めるものとする。(後略)
市町村立図書館(8) 職員
 館長は、図書館の管理運営に必要な知識・経験を有し、図書館の役割及び任務を自覚して、図書館機能を十分発揮させられるよう不断に努めるものとする。(中略)専門的職員は、資料の収集、整理、保存、提供及び情報サービスその他の専門的業務に従事し、図書館サービスの充実・向上を図るとともに、資料等の提供及び紹介等の住民の高度で多様な要求に適切に応えるよう努めるものとする。図書館には,専門的なサービスを実施するに足る必要な数の専門的職員を確保するものとする。(後略)」

3 図書館は教育文化の発展の基盤・窓口は図書館の命
 このように公立図書館は、教育文化の発展の基盤となる施設であり、民主主義の根幹を支える住民の「学ぶ権利」(憲法13条・26条)や「知る権利」(憲法21条)を実質的に保障するための施設である。
 図書館はこの機能を果たすに足りる体制を整えることが義務づけられている。すなわち必要な専門的知識・経験を有する職員が、資料の収集・整理・保存・提供及び情報サービスなどの専門的業務に従事して図書館サービスの充実・向上を図り、資料等の提供や紹介等住民の高度で多様な要求に適切に応えることとされ、しかもこの専門的職員が住民に適切に対応できるよう十分な体制が必要とされるのである。公立図書館の窓口業務は、まさに「図書館の命」とも言うべきものである。


第3 図書館法と運営基準に反する窓口業務の民間委託の実態

1 図書館窓口業務の経験のない参入業者
 自治体と契約する業者は、図書館専門業者として一定の専門性を有することとされている。たとえば江東区の「図書館窓口業務等委託業者選定基準」は次のように定める。

@  基本的事項「図書館窓口業務等を委託する業者は、図書館等の窓口業務の実績があり、公立図書館の意義を理解し、業務の効率化と住民サービスの向上をあらゆる角度から積極的に行っている業者でなければならない。また、こうした教育を徹底した職員を安定して雇用しており、かつ、その企業の経営状態が安定していなければならない」
A 選定の基準(抜粋)「図書館業務に精通し、本委託業務を継続的、安定的に遂行できる能力を有すること。公立図書館の意義等について、パート従業員も含め、十分な研修体制が確保され、これを受講した従業員を配置できること。また、従業員の人材育成と継続的な教育を実施する体制があること」

 しかし、実態は専門性におおいに疑問がある。実際に窓口業務が民間委託された図書館では次のような実態が報告されている。

委託は受託者側に一定の仕事を完成させるに足りる成熟した業界があって初めて成り立つのに、 ほとんど窓口業務の実績のない業者に委託されている。
委託先企業に命じられて窓口業務に従事している労働者はすべてアルバイトもしくはパートであり正規社員はいない。図書館法が定める司書となる資格を有するものは2〜3割にすぎない。
委託先企業の労働者は1週間に数時間程度しか勤務しない人もおり継続性にも乏しいし知識経 験の蓄積や技能向上も困難である。
委託先企業の労働者に対する指揮命令の責任者もアルバイトもしくはパートであり、図書館の窓口業務の経験がほとんどないため、労働者に対して指揮命令する力量に乏しい。
委託先企業による労働者の採用は十分な時間的余裕をもって行われておらず着任の直前の時期 まで募集してようやく定員に達している。
委託先企業の労働者は採用後2、3日の研修を受けるだけで窓口業務に従事している。
委託先企業の労働者が出版前の書籍についての利用者のリクエストを断って苦情が来た。
委託先企業の労働者は図書館のコンピューター・システムをを使うためのルールや資料の書誌等データの内容を教えられていないため検索ができず、利用者に対して断ってお帰りいただいた。
民間委託すると接遇がよくなるという謳い文句があったが、資料のことをほとんど知らないため対応が悪いと接遇苦情も来た。

2 劣悪な労働条件と業者の高収益
 図書館専門業者であるとして各自治体に対して委託を働きかけているTRC(株式会社図書館流通センター)の労働条件と委託料は次の通りである。

労働条件(募集広告による)
1日2時間以上週3日以上の勤務
〜5時 時給  850円 5時〜 時給  990円
委託料(ある区の見積による)
〜5時 1時間1650円 5時〜 1時間1960円
a÷b 〜5時    51.5% 5時〜    50.5%

 1日8時間平日の全開館日203日働くと人件費は267万円であり、劣悪な労働条件である。
 他方で、委託先業者に対する委託料は人件費の2倍となっている。業者が研修の実施や指揮命令を負担することは建前のみであり、施設設備はすべて行政側が設置したもので資本投下が不要である。
 したがって、業者にとっては少ない資本で人件費の約2倍もの委託料収入が得られることになり、高収益が見込めるものとなっている。
 そもそも地方自治体は、地域において模範的な使用者でなければならず、ILO第94号「公契約における労働条項に関する条約」は「下請負業者又は契約の受託者により行われる作業」に適用される(1条3項)が「当該労働が行われる地方において関係ある職業又は産業における同一性質の労働」に対し労働協約その他による労働条件に劣らない有利な労働条件を確保する条項を包含しなければならないとされている(2条1項)。委託の実態はこの条約の趣旨に反するものである。

3 図書館に期待される役割と住民サービスは維持できない
 文部科学大臣の「公立図書館の設置及び運営上の望ましい基準」でも、図書館の専門的職員は「資料の提供及び紹介等の・・・多様な要求に応えるよう努めるものとする」こととされており、窓口業務の重要性を明確にしている。
 公立図書館では専門性を有する職員が窓口業務を行うことにより、本の動きや利用者のニーズを把握することができ、知識経験として蓄積されて的確な選書や除籍が可能となる。この意味で使いやすい図書館は職員と利用者が共同して作り上げるものである。
 ところが民間委託の実態は、委託先の業者が利益を最優先した運営を行うことにより、住民の多様な要求に応えることも、本の動きや利用者のニーズに応える的確な選書や除籍も困難となっている。公立図書館に期待される役割と住民サービスの維持は不可能である。

4 利用者の人権保障上の重大な懸念
 利用者相互のトラブルに対する危機管理上も問題であるし、利用者に対する予約書籍の連絡や返却の催促等を通じて利用者の思想・病気・家庭状況などのプライバシーに民間業者が接することになり、利用者の人権保障の上でも重大な問題がある。
 いち早く窓口業務を民間業者に委託した江東区では、早くも利用者の人権保障の上で重大な問題が発生した。2002年11月下旬、委託先業者から派遣されていた女性パート社員が、自分が貸出しを予約していたCDを早く借りようとして、カウンターにある端末を用いて貸出し順位1番に登録されていた男性を調べ、その男性の妻と偽って図書館に電話して貸出しを受けようとした事件が起きた(「都政新報」2002年12月17日付、東京新聞12月18日付、読売新聞12月19日付)。
 これは、利用者の個人情報を私的に利用しようとしたものであり、個人情報の不正利用にあたる違法行為である。さらに重大な人権問題が生じるおそれは十分にある。


第4 経費の削減となるかは疑問

 委託が進められる際には経費の削減になると主張されることが多い。しかし、公立図書館窓口業務の民間委託によって図書館業務の経費の削減をはかることができるかは疑問である。
 委託先に雇用される労働者の労働条件は劣悪であるが、委託先業者の委託料はその人件費の約2倍近い高さである。そのため専門性を有する正規職員を中核として適宜非常勤職員を活用する方法と比較すると、必ずしも経費の削減にはならない。
 また、委託をすれば専門性を有する正規職員がいても、委託先に雇用される労働者に対して直接指揮命令をすることが許されていないため、問題が発生したときの対応は煩雑で、結局全体としての作業能率も大きく低下する。
 したがって、委託料が高く設定されている現状では、民間委託が結局は直営より割高になるおそれが大きい。


第5 公立図書館窓口業務の民間委託は違法

 公立図書館の窓口業務の民間委託は、違法である。
 当該契約の実質が、請負か派遣かの区別の基準として、職業安定法施行規則第4条は、派遣ではなく請負だとされるためには、以下の4つの要件のすべてを満たす必要があるとしている。もしこれらの要件のどれかを満たさず、労働者派遣法の適用があれば、「一時的・臨時的」な業務でなければならないから長く行うことは許されない。とりわけ、職員を1年以上受け入れた場合には、その職員を自治体が直接雇用しなければならないこととなる。
1号 作業の完成について事業主としての財政上及び法律上のすべての責任を負うものであること
2号 作業に従事する労働者を指揮監督するものであること
3号 作業に従事する労働者に対し、使用者として法律に規定されたすべての義務を負うものであること
4号 自ら提供する機械、設備、器材(業務上必要なる簡易な工具を除く)若しくはその作業に必要な材料、資材を使用し、又は企画、若しくは専門的な技術若しくは専門的な経験を必要とする作業を行うものであって、単に肉体的な労働を提供するものでないこと

 ところが公立図書館の窓口業務の民間委託は、このうち1号、2号、4号の各要件は到底充足しない。

@1号 図書をはじめ公立図書館の施設設備備品はすべて行政側が設置したものであり、委託先業者は、図書館サービスについて事業主としての財政上法律上の責任を負っていない。
A2号 委託先業者の労働者の大半が資料の紹介・提供サービスをする資質がなく、2、3日の研修を受けただけで、自らの責任で利用者の要求や相談に対応できないため、しばしば自治体正規職員に指示を仰いでいる。
 自治体正規職員が「契約」にしたがい委託先企業の業務責任者の指揮命令を受けるように言っても実際には委託先企業の業務責任者は1人で多数の労働者を管理している上図書館の現場で利用者が待っている状況にあるため、委託先企業の業務責任者の指揮命令を受けることはできない。
 このように、公立図書館窓口に委託先企業の管理者が存在しない以上、自治体職員が委託先の労働者を指揮監督しないというルールを遵守することは不可能である。もし利用者からの要望の都度委託先の労働者が委託先会社に連絡して指揮を受けることとすれば、およそ図書館業務は正常に遂行できない。したがって、委託先企業が作業に従事する労働者を指揮監督することは不可能である。
B4号  委託先業者の労働者は、出版前の書籍についての利用者のリクエストを断ったり、利用者に求められた検索ができない、資料のことをまったく知らないなどの実情がある。
 このように、委託先労働者の窓口業務は、まさに「単に肉体的な労働を提供する」だけのものとなっている。
 以上の通り、1号、2号、4号の各要件は到底満たせないものであって、その実態は「請負」とは評価できない。したがって、委託先企業は実質的に労働者派遣事業を営みながら形式上「請負」契約の形態をとっているに過ぎず、労働者派遣法の規制を免れるために故意に偽装された偽装派遣であると言わざるを得ない。
 しかもこの問題を回避するために委託先企業があくまで指揮命令を行うこととすれば、図書館業務は正常に遂行できない。したがって、委託先企業が作業に従事する労働者を指揮監督することは不可能である。


第6 おわりに
 以上の通り、公立図書館の窓口業務の民間委託には看過できない重大な問題があり、とりわけ労働者派遣法違反の問題に照らせばこれを適法に実施することは不可能である。当弁護団としては、公立図書館の窓口業務を民間委託しないよう求めるものである。


 以 上