「日本21世紀ビジョン」専門調査会報告書についての見解と態度

2005年6月22日
東京自治労連中央執行委員会

はじめに
 「経済財政諮問会議」(以下「会議」と略)の下に設置された「日本21世紀ビジョン」専門調査会が4月11日、報告書(以下「ビジョン」)を発表しました。「ビジョン」は政府委員会が2030年を展望して発表した日本の長期ビジョンです。「ビジョン」は憲法改悪を視野に入れて、「新自由主義」の視点から書かれた文書です。その意味で、私たち日本国民にとって看過できない文書であると同時に、公務に関する記述も多岐に亘っているので、以下に東京自治労連としての「見解と態度」を明らかにします。

1. 若干の経過
(1) 経済財政諮問会議とは
 経済財政諮問会議とは、経済財政に関し、「内閣総理大臣のリーダーシップを十分に発揮する」ことを目的にして、2001年1月に内閣府に設置された機関です。
 メンバーは小泉総理を議長として、政府からは財務、経済産業等5名、財界から牛尾治朗、奥田碩氏、学者としては、大阪大学大学院教授の本間正明氏、東京大学大学院教授の吉川洋氏、そして日本銀行総裁福井俊彦氏の計11名で構成されています。
 小泉内閣における国政運営の最大のキーワードは「構造改革」という言葉ですが、「構造改革」を具体化するための「骨太方針」を策定しているのが「会議」です。「会議」は精力的に開催されていて、今年だけでも13回も開かれています。内容も、経済財政、国と地方の改革、規制改革、社会保障、公務員の人件費削減等と多岐にわたっています。
 言い換えれば、日本の国民に対して痛みを押しつけるための、政官財一体となった組織、ということができます。
(2) 「日本21世紀ビジョン」専門委員会とは
 経済財政諮問会議には、専門的な内容を話し合う場として「専門調査会等」がつくられています。
 それらは、「『日本21世紀ビジョン』に関する専門調査会」「生活産業創出研究会」「循環型経済社会に移管する専門調査会」「サービス部門における雇用化拡大を戦略とする経済の活性化に関する専門調査会」「経済活性化戦略会合」「再生シナリオ検討プロジェクトチーム」の六つです。
 このうち「『日本21世紀ビジョン』に関する専門委員会」には、「経済財政展望ワーキンググループ(WG)」「競争力WG」「生活・地域WG」があり、今回、これ間での議論をまとめ、報告書を明らかにしたものです。

2. 「ビジョン」の概要
はじめに  「はじめに」では、「構造改革は負の遺産を処理することに重点が置かれ、ようやく脱却の目途がつきつつある」と述べています。
 その上で、今後四半世紀(2030年まで)をにらみ、顕在化が予想される問題に対して「『避けるべきシナリオ』として警鐘を鳴らし、『目指すべき将来像』とその実現のための『三つの戦略と具体的行動』を提言し、併せてその基盤となる『2030年の経済の姿』を展望している」と記しています。
第1部 直視すべき危機、避けるべきシナリオ
 「時代の潮流」として、 人口の減少、高齢化の進展、地球規模のグローバル化、情報化を挙げています。2030年には日本の人口は約9000万人、約5人に一人が75歳以上の超高齢社会が到来すると予想しています。グローバル化によって、財・人・資本・情報を集めるかどうかにより、世界諸国が「勝ち組」と「負け組」に二分されるとともに、危険が短期間に世界中に及ぶというリスクが格段に高まっていると述べています。  中国、インド、ロシア、ブラジルなどが大きな存在となるとし、アジアでは中国が経済政治の両面で大きな存在感を高めていると予想しています。国際分業が進むだけでなく、地域経済の統合が大きく進展すると述べています。こうした世界規模での経済発展に伴い、地球温暖化への対応、エネルギーの安定確保のための国際的枠組みづくりが急務であるとしています。情報化の進展によって、大国が必ずしも有利となるとは限らないとも述べています。
(1) 経済の停滞・縮小。
 以上のような情勢認識を受けて、「避けるべきシナリオ」として挙げられているのは、第一に「経済が停滞し縮小する」ことです。労働力減少による生産活動の縮小、労働力の基礎的能力の劣化、生産性停滞による一人あたり消費の貧困化、家計貯蓄率の低下、民間投資の停滞などを挙げています。
(2) 官が経済活動の足かせとなる
 第二に述べているのは、官が経済活動の重し・足かせになる、ということです。国の財政赤字の累積は財政運営に対する信頼を失い、国債価格急落(長期金利の急上昇)が生ずると述べています。こうした財政破綻による経済危機は避けなければならない、しかし増税のみに頼る財政再建では「高負担高依存社会」となり、活力を欠いてしまう。時代に合わない制度や規則は生産性上昇の足かせとなり、画一的な平等主義は不必要な分野への人や資金の投入を招くとしています。
(3) グローバル化への対応
 三番目がグローバル化への対応です。自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)等の地域経済統合の流れに遅れを取れば、日本は成長機会を失う「元経済大国」となってしまう、経済が低迷すれば日本の相対的な比重は急速に低下し、国際影響力の低下に伴い、国際政治の動きに受動的にしか対応できない「状況主義」の国家になってしまうと危機感を表明しています。
(4) 社会の不安定化
 最後に、「経済が停滞し縮小する中で、いったん不安定な低賃金雇用に陥ると、そこから脱出することが難しくなる。再挑戦する機会が乏しく、格差が固定化される」そのため、 「意欲の喪失や社会の分断が生じ、他人に対する無関心が増したり、社会のルールが軽視される。社会に保護されたまま努力を放棄した人々の数が増える。希望を持てない人が増え、社会が不安定化する」と述べています。
第2部 2030年の目指すべき将来像と経済の姿 
 必要な行動を採れば、「避けるべきシナリオ」の対極にある目指すべき「新しい躍動の時代」を迎えることができると述べ、大きく三つの将来像を提示しています。
(1) 文化創造国家
 一つは、「開かれた文化創造国家」です。極めて抽象的な言葉遣いですが、「熟(こな)れの技(ものづくりアニメの「すりあわせ」の技法や成熟した生活様式に見られる持続可能な技術)を「日本の強み」であると述べ、これらに基づく文化創造力を活かした「ジャパン・クール(かっこいい日本)な商品や生活様式が、個性ある担い手を生み出すとしています。「文化列島」という言葉もここで登場します。
 アニメ、映画、音楽、ゲーム等の「ソフト」と放送、通信、音楽、刊行物等の「媒体」を併せて「コンテンツ」と呼び、その市場が拡大し、2030年には国内総生産(GDP)の5%に達し、食、ファッション、伝統工芸なども高い評価を得ていると述べています。 
 日本が「世界の知的開発拠点」となるとも述べています。知的価値の創造に成功した人や組織がフロントランナー(先頭走者)としてイノベーション(技術革新)の波を広げ、オンリーワン(たった一つ)の技術持つ企業群が存在し、代替エネルギー、ライフサイエンス技術(難病治療、再生医療、人工臓器等)、ロボット技術、ナノテクノロジー(10億分の1を扱う技術の総称)などが活用され、『プロフェッショナル』が活躍すると、ここでは横文字の連続です。
 こうした競争力のある産業を中心にした海外展開の中で世界経済との統合を強め、「東アジア共同体」の形成をすすめる。そのことにより、経済的反映と政治的安定の好循環が実現すると述べています。日本は、世界中の人が訪れたい、働きたい、住んでみたいと考える国になり、年齢・性別・国籍等によって差別されることのない「壁のない国」となる、国際社会の課題解決に主導的役割を果たすことを通じて信頼感が高まり、「品格ある国家」となり世界中の「かけ橋国家」となる、世界で活躍する「世界人」が大幅に増える等と、「バラ色の日本像」を描いてみせます。
(2) 「時持ち」が楽しむ「健康寿命80歳」
 超高齢化社会の時代にあっては、心身共に健康で自立している「健康寿命」80歳の人生が実現すると述べています。それとともに自由に活動できる時間(可処分時間)が1割以上増えるとし、それらの人は「時持ち」であると述べています。
「時持ち」は「楽しく働き、よく学び、よく遊ぶ」というバランスのとれた暮らしができると述べています。「働く場所や時間の弾力化」として、フレックス制や裁量労働制、労働者の「カンバン方式」も示唆されています。正社員以外の人材の多用化も自画自賛です。
「時持ち」は「生涯にわたって才能を磨くことができる機会が増える」とも述べます。具体的な例として、大学院在学者が2030年には人口1000人当たり8人と見込める(2004年は1.99人)としています。
 新三種の神器(健康サービス、生涯学習サービス、子育てサービス)が発展し、お手伝いロボットが利用され、人生設計に合わせた住み替えが可能になり、居住空間も十分確保されていると述べています。前提となるその家は持ち家ではなく借家を想定しています。
(3) 豊かな公・小さな官
 ここでは「官」による公共サービスの提供は縮小するとし、新たに「公」という概念を提起しています。「公」とは「官」と「民」双方によって担われるものとし、個人が自発的に、自分の可能性を高めながら「公」を担う「奉私奉公」が広がると述べています。「公」を担うのは、企業、NPO等、幅広い非政府主体であるとまで述べています。
(4) 目指すべき将来像に向けた3つの戦略
(1) 生産性の向上と所得拡大の好循環をつくる好循環を自律的に機能させる鍵は市場での公正な競争であるとし、民間部門の創意工夫が生産性上昇につながるように、競争的な資源配分を実現するとしています。
(2) グローバル化を最大限に活かす
(3) 国を始めとした近隣諸国の経済発展をチャンスとして捉え、グローバル化に対応するために、国内制度の改革を進めるとしています。

3. 東京自治労連の見解と態度
 「ビジョン」の内容をまとめると、「構造改革」により負の遺産の処理に目途はつけたが、国家破産すらささやかれる状況の中、財政再建を増税だけに頼るのでは日本社会の活力が失われるので、引き続き財政「構造改革」を継続しなければならない。その中心は新自由主義路線の貫徹による「行革・リストラ」「公務員改革」であり、具体的には公務領域の縮小である。『豊かな公、小さな官』(16ページ)であり、「公」とは「個人が自発的に自分の可能性を高めながら担う」ものであり、「奉私奉公」という造語で表されています。この社会は「治安」を自己責任と地域責任で担い、警察業務も自治会、ボランティア協力する等、「NPM」型のものとなり、日本社会の活力、企業の利益を守るために高度な管理国家となる、ということです。
 「ビジョン」には、国や自治体の公的役割を否定、弱肉強食の市場原理の矛盾を覆い隠し、民に任せればすべてうまくいくというバラ色の未来を振りまいています。
 2030年における「経済の姿・指標」が13の事例について表及びグラフで示されています。たとえば60歳以上の労働力率が2005年の54%から65%に上がると述べています。高齢者もパート労働者として働け、ということです。年金のさらなる改定を示唆し、高齢者の家計貯蓄率は低下するとも述べています。
 一方で、外国からの訪日者は4000万人(2004年は614万人)に増加すると述べています。この記述は、第1期石原都政が発表した「東京構想2000」にある「千客万来の東京」に通じるものであり、羽田空港の24時間化、首都圏第3空港等の具体的な例となって表されています。居住空間は借家の場合、4人家族で現在の59uが100uに拡大すると述べています。しかし、「土地や住宅などの資産は所有から利用へ」と書いているように、持ち家から借家へという国の住宅政策の大転換が進行中であると見るべきでしょう。しかし、こうした政策転換の前提には住宅を公的に保障するという視点は全くないと言っても過言ではありません。
 問題点として挙げなければならないのはまず、紹介したものも含めて「バラ色の夢」は実現するのかということです。内容的にも、「足を伸ばして、広い浴槽でくつろげる」(居住空間の拡大)ことが「夢」というのでは、あまりにもお粗末ではないでしょうか。そして、日本の国や国民を導こうとしている方向、たとえば高齢者を低賃金労働者として位置付けたり、国は「政府でなければできないことに徹する」ということは重大問題です。
 そして、国の役割を外交と軍事に特化しようとする社会を実現するとともに、民間開放と市場化をいっそう進めるために、自治体と自治体労働者を自治体の業務を遂行することから排除しようとしています。東京自治労連はこうした「ビジョン」の問題点を批判的に分析し、公の果たす役割を明らかにしていきます。そのために、地域住民との共同を推し進め、公務労働の必要性と重要性についての理解を深めていく取り組みを強化することをあらためて表明します。