| はじめに |
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11月13日第27次地方制度調査会は、内閣総理大臣あて最終答申「今後の地方自治制度のあり方に関する答申」を行った。
この答申は、憲法で保障された民主主義を否定した上で、さらに住民福祉の向上にも逆行し、自治体の役割を変質させるものである。むしろ中央集権を強め、住民間の不平等を拡大するものになっている。
地方自治体は、憲法に保障された「基本的人権」や「民主主義」などを基本に、それを保障し具体化するためにある。地方自治は「住民自治」にもとづいて行われるものである。
憲法の第9条が解釈改憲から明文改憲へと進もうという時期に、地方自治についても解釈改憲に進もうとしているきざしがみられる。
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| 1 「公共性」をどの様に担保しようとしているのか |
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答申では、自治体の公共性に触れることなく、新自由主義による「自治体経営論」を地方自治制度の中へ持ち込もうとしている。国をはじめとして各自治体が財政が苦しい時期をねらって「行政は、官と民とで分担しあう」という口実で、行政部門を民間のマーケットに解放しようとしている。行政の民間委託は、住民に対する公平、公正を担保する公的責任の放棄であり、実務的には低賃金労働者に依拠している実態がある。行政が先頭を切って、生活保護レベルに近い、もしくは、それ以下の低賃金労働者を作り出している姿を直視すべきである。これらの改革が、雇用の拡大につながったとしても、低所得者層を無制限に生みだし、いわゆる「勝ち組」と「負け組」の階層分化を激化させるだけである。
財政が苦しい時期ならばこそ、政策として、大型公共事業などにつぎ込んでいる国家・地方の財政を、福祉・教育などへ回すなど住民生活に密着した方向での財政改革を行い、個人消費の拡大を積極的に進め、国や自治体行政の財政の健全化を第一に行うべきである。
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| 2 「補完性の原理」の適正な運用を |
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答申で展開している「補完性の原理」は、基礎的自治体や広域自治体の役割のみを強調している。本来は「補完性の原理」は、人間の尊厳を個人の自立に求めたうえで、「問題はより身近なところで解決されなければならない」とする考え方である。
「個人の自立」(自己決定)に、個人の尊厳の基礎をおき、そこから問題解決の輪を社会に、政府に広げていく思想といえる。この場合、国や地方自治体は、個人の社会保障など自立を保障する基盤を整備し、個人の尊厳を尊重し、発展させるための原則として、記述すべきである。
しかし、ここで打ち出している「補完性の原理」は、大切な個人の自立や尊厳の保障を無視し、地方分権の名の下に、ナショナルミニマムを否定し、財政負担を保留したまま、自治体に国の業務を押しつけ、国の身軽論にあたかも大義があるように「補完性の原理」を打ち出すことは、国の努めなければならない国民の福祉向上の責任を否定することである。
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| 3 「基礎自治体のありかた」について |
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答申は、「地方財政が困難になる状況だから、自己決定と自己責任だ」といいながら、財政保障をせずに、事務・事業を押しつけている。特に、市町村の合併をさらに推進し、いわゆる「合併しないまち」などのうち1万人以下の町村は、憲法で保障された住民自治を奪い都道府県が直接行政執行を行おうとしている。
戦後すぐに、東京23区民は、自治権を奪われ、区長は都知事による任命制であった。多くの区民のねばり強い努力で1975年区長の公選制導入で二層制の地方自治を回復した。答申では、再度、地方自治を崩壊させ、基礎的自治体としての地方自治の制度的保障を受けない住民を生みだそうとしている。
新たな「地域自治組織」については、住民との協働推進のために、自治会、町内会、PTA、各種団体等地域を基盤とする多様な団体から推薦を受けた者や公募により住民の中から選ぶこととしている。公選ではなく、自治会などを中心として、官制民主主義を新たに押しつけ、戦前の隣組を復活・再編により、自治体の住民管理機能を依存しようとしている。
私たちは、行政の各種の審議会で、公募による委員を選任させるように運動を進めてきた。審議会は、それぞれの分野における専門的な立場から期間を限定して審議し、首長に意見具申を行う組織である。「地域自治組織」は恒常的な組織であるので、それこそ基礎自治体で住民と直接議論をして、作り上げることが大切である。無償か、有償か、法人格を持つか持たないかは、自治体が決めればいいことであって、国がそこまで規制する必要がどこにあるのだろうか。国は、自治体が住民の民主主義を習熟する機会を位置づけるべきである。
これらは、大企業向けの規制緩和を進め、住民には規制強化を行おうとしている事例である。
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| 4 「広域自治体のあり方」について |
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都道府県の広域化を求めることは、政府が、「国政を進める上で管理しやすい」ことと、「都道府県や自治体間にまたがる開発行為や営業活動をする上で、都道府県の壁が障害になる」経済界からの要請である。住民が、広域化した方がいいという事例は、答申では全く触れていない。課題別には、広域連合で対応する手段が現在でも行われているが、必要な場合は、それぞれ個別に働きかけあって実現することが可能である。
また、市町村合併の推進にあたって、基礎的自治体の業務を行うといいながら、広域化をめざすとは、答申のなかで自己矛盾を描き出している。
高度なインフラの整備、経済活動の活性化、雇用の確保、国土の保全、広域防災対策、環境の保全、情報通信の高度化などの広域化の課題と、土地利用、地域交通、産業振興、国土保全など国から都道府県へ一層の事務権限の拡大ならば、財源を伴う移譲を行うなど都道府県独自のグランドデザインを行える基盤整備をすべきで、なぜ、現在の都道府県ででききれない課題があるのだろうか。広域化でないとなぜ、できないのかを明確にすべきである。
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| おわりに |
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答申で述べている「自治制度のあり方」は、国家財政の破綻を自治体に転嫁しようとする「三位一体」政策の基盤をなすシステムづくりであって、憲法で保障している民主主義や住民自治とは相容れないものである。
市町村合併や広域自治体化は、福祉や教育レベルの低位水準化をはかり、従来の水準を願う住民については、自己負担の増加をもたらすだけである。
その結果、不況が深刻な今日、住民の所得間格差の拡大に、さらに拍車をかけ、低所得者層から、さらに搾取を強めるものである。
今、国が果たす役割は、地方分権に名を借りた財源保障のない事務移管でははなく、自治体財政が低迷しているときにこそ、適切な財政支援をはかり、国民間の所得間格差を是正するため自治体が住民福祉の向上に全力で傾注できるようにすることである。 |
以 上 |
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